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東京地方裁判所 平成3年(ワ)10904号 判決 1992年12月16日

原告

甲野一郎

右訴訟代理人弁護士

谷川光一

被告

乙住宅株式会社

右代表者代表取締役

福島正夫

右訴訟代理人弁護士

川人博

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告は原告に対し、金五三六八万一三六八円を支払え。

第二事案の概要

一本件は、原告と被告との間に土地について売買契約が成立したが、被告は約定の期日を経過しても売買代金を支払わないとして、原告から被告に対し、合意に基づき売買代金額の二〇パーセント相当の違約金の支払いを求めた事案である。

二原告の主張

1  原告と被告は、原告を売主、被告を買主として、平成二年九月一四日、千葉県長生郡一宮町新地二四〇六―二他三筆計1674.10平方メートルの土地(以下「本件土地」という。)を無瑕疵の状態で、代金二億六八四〇万六八四〇円で売買する売買契約を締結し、違約した場合は売買代金の二〇パーセント相当額の違約金を支払う旨を合意した。

2  右売買契約の締結に当たっては、国土利用計画法(以下「国土法」という。)の届出をし、不勧告通知を受け、平成三年一月二〇日に代金を支払う約定であったところ、被告は国土法の届出をし、右期限が到来したのに代金を支払わないので、右違約条項に基づき、右代金の二〇パーセント相当額である金五三六八万一三六八円の支払いを求める。

三被告の主張

1  売買契約の未締結

本件は、将来の売買契約締結に関する合意に過ぎず、売買契約は成立していない。すなわち、国土法の届出をして不勧告通知が出された後、平成二年一〇月中旬を目安として売買契約を締結することとし、予定価格どおりで不勧告通知が出されたのにもかかわらず、誠実に契約を締結しようとせず、契約締結後の不履行と同視される違背を行った場合、手付金相当額の二〇パーセントを支払う旨の合意である。したがって売買契約の成立を前提とする原告の請求は理由がない。

2  条件不成就

本件合意は、売買価額による不勧告通知を受けることを条件としているところ、本件では右売買価額による不勧告通知を受けていないから、双方に契約締結の義務はなく、また違約金の支払い義務もない。

3  公序良俗違反

本件は、当初から虚偽の届出を行うことを前提とした合意であり、その法違反は重大であり、また、予約の趣旨の合意であるから強く拘束するのは相当でなく、本件合意は公序良俗に反し無効である。

四争いのない事実等

1  原告と被告とは、平成二年九月一四日、原告を譲渡人、被告を譲受人として、本件土地を無瑕疵の所有権として売買すること、予定総額を金二億六八四〇万六八四〇円で売り渡すこと、取引日は国土法不勧告通知書日付から計算して一〇月中旬とすること、決済方法は契約時二〇パーセント相当額の契約金とし、残金は平成三年一月二〇日ころとすることなどを内容とする合意書(<書証番号略>)を作成したが、右合意書には「違約条件に関する件」として、合意書は如何なる理由があっても甲(原告)乙(被告)は履行するものとし万一甲又は乙が違約した場合においては各々違約したるものは売買額の二〇パーセント相当額の違約金を相手方に支払うものとする旨が記載されている。

2  平成二年九月一八日、原告と被告を作成名義人とする土地売買等届出書(<書証番号略>)が一宮町長に提出されたが、予定対価の額等に関する事項欄の金額は金二億二五六万六一〇〇円となっている。

3  右届出に対し、一宮町長から原告に対し、平成二年九月二七日付で不勧告通知書(<書証番号略>)が送付された。

五争点

1  売買契約の成立の存否

2  条件成就の存否

3  公序良俗違反による無効原因の存否

第三当裁判所の判断

1  売買契約成立の存否

原告は売買契約の成立を主張するが、<書証番号略>によれば、物件の表示が書面上特定されていないこと、売買価額が予定総額とされていること、取引日を約一か月先にし、契約時には二〇パーセント相当額の契約金を支払うとしていることが認められ、その記載からは国土法の不勧告通知が来れば正式に売買契約を締結する趣旨の合意であると推認され、本件売買の仲介人である証人的場宗明も本件合意が将来売買契約を締結する合意であったと解しており(同証人一〇項三行目、一八項五、六行目、一九、二〇項)、被告代表者本人も同様に将来売買契約をする合意と解しており、これに反する証拠はない。したがって、売買契約の成立を前提とする原告の被告に対する違約金の請求は理由がないと言わねばならない。

もっとも、<書証番号略>によれば、対象土地は合意当時も当事者間においては特定されていたものと解され、その代金額も坪五三万円であることは明確となっており、後日実測の上で代金額を確定する趣旨であったと解することができ、少なくとも売買契約の内容について確定できる合意であると認められ、更に、合意どおりに履行しない場合の違約金の合意をしていることを併せ考えると、これを予約と解するか否かは別として、売買に向けて当事者間において法律的な拘束力を認める趣旨で行われた合意であるとの解釈が可能であり、原告は右合意書(<書証番号略>)に記載された合意に基づく違約金を請求していると理解することも不可能ではないので、以下更に本件合意書に基づく違約金請求権の存否について検討する。

2  条件成就の成否

この点について、被告は、売買価額による国土法の届出をし不勧告通知を受けることが契約締結の条件であると主張しているが、<書証番号略>の成立については当事者間に争いがなく、かつ、被告代表者は坪四〇万円で国土法の届出をすることを前提として自らその届出書を作成していることは自認しており(被告代表者八、九項)、何故四〇万円で届出をするのか疑問を抱いた様子もないことからすると、むしろ坪四〇万円で届出することを前提で合意したものと推認され(証人的場宗明二六項)、また被告自身は本件が当初から虚偽の届出をすることを内容とする合意であったことを自認している。そうだとすれば、原告と被告との間で合意された売買価額をそのまま売買価額として国土法の届出をすることは当初から予定されておらず、合意書にいう不勧告通知とは実際の売買額よりも低額の金額による虚偽の届出をして不勧告通知を受ける趣旨と解すべきであり、合意のとおり虚偽の届出をして不勧告通知を受けたのであるから合意に反する条件不成就の事実を認めることはできないと言わねばならない。

3  公序良俗違反による無効原因の存否

一般に国土法に違反する売買契約等の合意が右法規違反のみを理由として当然に公序良俗に反し無効となるものではないが、その違法の程度が著しく、その合意条項を有効として国家がこれに助力することが著しく正義に反すると認められる場合には、民法九〇条に照らし、無効となると解すべきである。

それを本件について見ると、原告は栄福商事という会社の経営者であり、不動産の仲介業者である的場宗明から物件を購入したり、同人に融資するなどの営業活動をしていた者であること(証人的場宗明一項)、被告は賃貸マンションの経営、管理、中古マンションの売買等を業とする不動産会社であること(被告代表者一項)、的場は原告の依頼により本件土地の売り情報を流していたところ、これを聞いて、被告は購入の申込みをしたこと(同三項)、原告、被告、的場らは、本件合意に先だって、かなり突っ込んだ話をし、国土法の不勧告通知は坪四二、三万円でないと得られないことを認識した上で、原告の希望価格である坪五三万円で被告が買い受ける旨を合意したこと(証人的場宗明四、五項)、そして現実には右金額で売買をするが、その価額では国土法の不勧告通知を受けることができないことが明らかであったので、刑事罰を伴う条項に違反することを十分承知の上で、不勧告通知を受けることができる価額で虚偽の土地売買届出をすることとし、右虚偽の届出による不勧告通知が出されれば、現実に坪五三万円で売買契約を成立させることにし、その履行を確保するため、更に原告及び被告のいずれについても右合意について違約があった場合は、売買価額の二割に相当する金額の違約金を支払う旨の合意をしたこと(<書証番号略>、前記認定事実)、そして原告と被告は右合意に基づき国土法二三条一項に基づいて売買価額を約二五パーセントも下回る価額で売買する旨の虚偽の届出をし(<書証番号略>)、これに対して不勧告通知が出されると、原告は的場を通じて被告に対し、右合意の実行を求め、被告が本件土地上に建物があることを理由に契約の締結を拒むと、原告は右建物を壊し、滅失登記ができる状態を作り、更にその履行を求めたこと(証人的場宗明一三、一四項)、的場は国土法の届出以前に合意書を作り、これに本件のような違約金を課することを常習的に行っていた者であること(証人的場宗明二〇項、二九項)、国土法では、同法二三条一項の届出について虚偽の届出をした者は、六月以下の懲役又は一〇〇万円以下の罰金に処する旨を規定(四七条三号)していることなどの事実が認められる。

右の事実によれば、本件は国土法の罰則規定に正面から抵触することを原告、被告双方が十分に認識して計画的に実行された行為であると言わねばならず、しかも売買価額が届出金額を32.5パーセントも上回る大幅な虚偽の届出をして国土法の制限を脱法して利益を得ようとしたもので、極めて悪質な行為であり、更に、これを一応の覚書にとどめず、違約罰を課することによりその履行を相互に強制する合意を届出前に行ったもので、その違法の程度は著しく、また、弁論の全趣旨によれば双方とも違法の意識に乏しく、したがってまた再犯のおそれも高いと言うべきであり、これを民事法上有効として維持し、右違法な合意のとおり実行させ、又はその違法行為の実行を拒んだ者に対する違約金の請求を相当として是認することは、ただ単に国土法に定める届出をしないで実行された売買を後日有効として認める場合と異なり、違法行為を間接的に強制するものであって、国土法の立法趣旨を損なうのみならず、著しく正義に反する結果を招来するものと解されるのであり、そうだとすれば本件当事者間の違約金支払いの合意については、公序良俗に反するものとして、無効であると言うべきである。

したがって、原告は被告に対し、本件合意に基づき、違約金を請求することはできないと言うべきである。

第四結論

以上によれば、原告の被告に対する請求は、理由がないので棄却し、主文のとおり判決する。

(裁判官大塚正之)

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